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大阪高等裁判所 昭和29年(ネ)1289号 判決 1956年10月20日

控訴人 田中卯之助

被控訴人 吉田己代子 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す。被控訴人吉田己代子は控訴人に対し大阪通商産業局昭和二七年一〇月一七日受附第一四八五号をもつて別紙目録<省略>(一)記載の試掘権につき、同局同日受附第一四八六号をもつて別紙目録(二)記載の試掘権につき、いずれも同年同月一四日譲渡契約を原因として為した取得登録の抹消登録手続をせよ。被控訴人川路広光は控訴人に対し同目録(一)(二)記載の試掘権について控訴人から金四〇万円を受取ると引換えに名義変更登録手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、

控訴代理人において本件鉱区中別紙目録(一)記載の分はもと、大、鉱、出、二五年第八八六号兵庫県養父郡西谷村地内、金銀銅鉱、面積一〇〇万坪として、また同目録(二)記載の分は大、鉱、出、二五年第八八七号兵庫県養父郡西谷村地内、金銀銅鉱面積一〇〇万坪として、いずれも訴外三坂フミが試掘権の出願をしたものを控訴人において同人より譲受け、更にこれを被控訴人川路に譲渡したもので、出願名義人が三坂フミとなつていた関係から名義変更手続上は控訴人を右三坂フミの代理人として取り運んだもので、このことは被控訴人川路においても十分承知していたところであるから控訴人を譲渡人でないという被控訴人等の主張は不当も甚しい。而して鉱業出願人は出願が有効に成立すれば、その効果として出願の内容について審理を要求する権利を有すると共に、その出願の内容が許可要件を具備する以上鉱業権の設定を受くべき権利を有するものであるから、出願中の権利は一の期待権に外ならず、この出願に基いて国家が「許可」と与え、ここに鉱業権が設定せられる関係にあつて、出願が有効に成立し、審査の結果不許可事項に該当しない以上国家は必らず其の出願人に対し出願の許可を与えなければならないものである。従つてかかる出願中の権利の譲渡についてはこれを鉱業権の譲渡と同様に認められるべき筋合であつて、本件試掘権出願中の権利が控訴人より被控訴人川路に譲渡せられたため同被控訴人に対し本件(別紙目録記載)試掘権が許可せられたものであるから、右試掘権は前記出願中の権利が許可処分によつて完全な鉱業権に移行したに過ぎない、故に出願中の権利の譲渡が取消された以上同被控訴人は右試掘権を控訴人に返還し原状回復をなす義務がある。ところで前記出願当時の二鉱区はその間に巾約八十間の帯状の地帯があり、この帯状部分を含め前記二鉱区に跨る地区について訴外三坂フミの出願後訴外丸山武、小池某等が試掘権の出願をしていたが、帯状部分のみでは鉱業法第一四条所定の広さに達しないため独立した試掘権の許可を受け得ない関係にあつたところ、被控訴人川路において右帯状部分の鉱区も有望なことを知り前示丸山及小池某からその権利を譲受けて前二者と併せ更にその不要部分を捨てて結局鉱区面積を別紙記載の如くなしたものであり、又これにつれて鉱物の名称変更をなしたものであつて、かかる面積並鉱物の変更は鉱区の同一性を害するものでないから、控訴人から被控訴人に譲渡した当時と現在において以上の如き面積及鉱物の差異あることは同被控訴人の義務に消長を来すものではない。被控訴人は本件出願中の権利の売買は暴利行為であると主張するが鉱山の如きものは骨董品などと同様その正しい価格は判定し得ず観る人によつて異なるものであるから鉱山売買などは暴利取締の対象となるものでない、と述べ、

被控訴代理人において、本件鉱区の試掘出願人は訴外三坂フミで被控訴人川路は同訴外人から出願中の権利を譲受けたもので、控訴人は右譲渡につき同訴外人の代理をなしたに過ぎない。仮に右権利が真実控訴人に属して居り単に形式上三坂フミ名義として居たものとしても民法第九三条の適用により被控訴人に対する譲渡人は三坂フミで控訴人ではないこととなるから、同訴外人に於いて取消の意思表示をしない以上控訴人のなした取消は何等の効力はない。仮に控訴人が譲渡人であるとしても被控訴人は何等欺罔行為をなしたものではない、控訴人主張の約束手形は控訴人の申出に従い控訴人を受取人として振出したため裏書の連続を欠く結果となつたに過ぎず、又残代金四〇万円は物価統制令第一〇条違反の暴利行為であることが後日判明したため支払を拒んでいるもので、当初からその支払の意思なくして控訴人から本件権利を詐取したものではない。仮に右譲渡は詐欺によるものとしても、詐欺による取消は、全部又は一部の履行の終つた後はなし得ないものというべきであるから本件については被控訴人川路は既に代金中金四〇万円の支払を了し出願名義人の変更を受け終つた後において控訴人のなした取消は効力を生じない。加之元来鉱業権は設定登録によつて発生するもので、鉱業権が存在して後之を登録するものではないから鉱業権の取消を登録するのは格別、登録のみを抹消することは出来ない。従つて控訴人主張の売買が取消されるものとせば、控訴人は須く大阪通産局長に対し被控訴人川路に対する試掘権許可の取消を求めるべきであつて、被控訴人等に対し登録の抹消手続を求める本訴は失当である。

と述べた外、いずれも原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。<証拠省略>

理由

控訴人主張の内容の大、鉱、出、二五年第八八六号並びに大、鉱、出、第八八七号なる試掘権出願はもと三坂フミ名義でなされていたことは被控訴人等において明らかに争わないところで、右出願人の名義がその後被控訴人川路広光名義に変更登録せられ、右第八八六号は別紙目録(一)記載の試掘権に、又第八八七号は同目録(二)記載の試掘権にそれぞれ設定許可を受け、更に右両試掘権は被控訴人川路より被控訴人吉田己代子名義にそれぞれ大阪通商産業局昭和二七年一〇月一七日受附第一四八五号、第一四八六号をもつて取得登録のなされたことは当事者間に争のないところであつて、成立に争のない甲第一、二号証、同第四、五号証に原審並びに当審における証人溝渕善雄、長村市兵衛の各証言及び控訴人本人の供述を綜合すると、本件試掘出願権はもと訴外溝渕善雄が三坂フミ名義をもつて大阪通商産業局に出願していたものであつて昭和二七年五月一〇日右出願中の権利を代金一五万円で控訴人に譲渡し控訴人は名義変更の手続をしないままでこれを被控訴人に対し代金一三〇万円と定め、内金四〇万円は出願名義人を同被控訴人名義に変更と同時に現金で支払を受け内金四〇万円は同被控訴人振出訴外吉田信義裏書の満期同年八月末日及び九月末日の約束手形二通をもつて受取り、残金五〇万円は入山と同時に支払を受ける約定で売渡し、同月三〇日出願名義人を三坂フミより被控訴人川路名義に変更登録手続を了した事実を認定するに十分である。而して鉱業出願人の名義変更はこれを通商産業局長に届出でなければ(即名義変更登録を受けなければ)その効力のないことは鉱業法第四二条第一項によつて明らかであるから、控訴人が前示出願権を譲受けたままで自己の名義に変更手続をしなかつた以上控訴人を出願名義人従つて出願権者といい得ないことは勿論であつて前叙控訴人と被控訴人川路との間になされた売買は法律上他人の権利の売買であるというのを相当とする。被控訴人等は右出願中の権利は名義人三坂フミから譲受けたもので控訴人は右三坂の代理人に過ぎなかつたと主張し、成立に争のない乙第六号証によると控訴人は右三坂フミの代理人名義で代金の領収書を発行して居り、被控訴人等の右主張事実を認め得るようにみえるが、右は出願名義人が三坂フミとなつていた関係からその関連上被控訴人川路の希望に従い代理人名義を使用したに過ぎないことは前示控訴人本人の供述によつて明らかであるからこれをもつてしては前認定を左右するに足らず又此の点に関する原審並当審における証人吉田信義、被控訴人川路本人、原審証人大嶋伴一の各供述はにわかに信用しがたく他に右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、控訴人の主張は、右売買は被控訴人川路等の詐欺によつてなしたものであるからこれを取消し、被控訴人吉田に対しては別紙目録記載の試掘権の取得登録の抹消登録手続を求め、被控訴人川路に対しては右試掘権を控訴人名義に移転登録手続を求めるというにあるから考えるに、元来試掘権(鉱業権)はその設定を受けんとする者が通商産業局長に対し設定の出願をなし、その許可を受けて始めて発生する権利であつて、右の許可処分により出願人が原始的に取得する権利であることは鉱業法の規定に徴し明らかである、尤も出願後許可処分を受ける間の出願人は右出願に基いて将来試掘権を取得し得る期待を有するものであり、此の地位は名義変更をなし得る関係上ここに経済的価値が生まれ、世上出願権と称して取引の対象となつているものではあるが、もとより試掘権と同一視すべきものでもなく、又控訴人のいうが如く出願中の権利が試掘権に移行するものでもない。このことは鉱業出願人は鉱業出願地所謂鉱区)の増減を出願し得るし、又通商産業局長の設定許可は必らずしも出願地と同一の範囲の地域に対して与えられるものでもないから、出願人の地位が転々し、その間鉱区の増減出願がなされ更にその一部に対し設定許可がある場合を想定すると当初の出願地と試掘許可による試掘権の鉱区とは甚しく相異する場合の生じることからみても容易に観取し得るところである。(本件においても三坂フミ名義をもつて試掘権の出願を為した鉱区がその後被控訴人川路に名義変更せられた後において鉱区の増減出願がなされ試掘許可のあつた範囲は当初と異なるに至つたことは控訴人自ら認めるところである)のみならず一旦許可処分のあつた後においても出願人がその通知を受けた日から三〇日内に所定の登録税を納付しないときは許可はその効力を失なう旨の同法第四三条の法意に徴するときは試掘権は設定許可を受け且同条所定の手続を履践した出願人にして始めてこれを享受し得る権利であると共に右の許可を得た以上同法条による失効若くは鉱業法の規定に基く許可の取消処分を受けない限りたとえ出願名義人変更の段階に瑕疵があり、又は出願権の売買譲渡が解除若くは取消等を受けても、試掘権者の有する試掘権に毫も移動消長を及ぼすものでないと解するのが相当である。

果してそうだとすると、本件において縦令控訴人主張の如く被控訴人川路等の詐欺によつて出願名義人の変更がなされたものとしても、これを理由として大阪通商産業局長に対し同被控訴人に対する試掘許可の取消処分を請求し得るか否かは別とし、被控訴人等に対し本件試掘権の登録取消又は移転登録手続を請求し得るものでないことは明らかであるから、爾余の判断を俟たず控訴人の本訴請求は到底排斥を免れない。

よつて本件控訴は理由ないものと認め民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九五条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 吉村正道 金田宇佐夫 鈴木敏夫)

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